豊田市の北部に位置する小原地区は、戦国時代三河の松平(徳川)氏、美濃の遠山氏、甲斐の武田氏が火花を散らす軍事的な要衛でした。
この地は三河、美濃、信濃に接する境目の地だったようです。
この時代の緊張感が、今も多くの山城跡として残っています。
小原地区に11城が確認されていて、上仁木地区にある仁木城もその中の一つです。
徳川の関東移封後平和な時代に向かう中で、険しい山にある軍事専用の山城は不要となり、多くの城と共に廃城させたと考えられています。
江戸時代は農業と冬の副業として和紙作りが盛んになり、昭和になって藤井達吉翁が「書く為の和紙」から、「鑑賞するための和紙」へと発展させ、現在の小原工芸和紙として芸術品となりました。
現在小原の景色を象徴する四季桜は、19世紀前半に医師藤本玄碩が名古屋から年に2度咲く桜の苗木を譲り受け、庭に植えたのが始まりとされています。
その原木が親となり、接ぎ木によって少しずつ増やしていき、昭和の時代に花の美しさに魅了された人たちによって保護・増殖が行われました。
現在では小原地区内で10,000本が植えられているといわれ、秋には紅葉と桜が同時に見られるという絶景を楽しむことが出来ます。
上仁木地区には川見四季桜の里があり、秋には山いっぱいに咲く四季桜と紅葉の競演を楽しむ事が出来ます。



